妊娠期間に風邪を引いたら。服用可能な漢方薬

はじめに

妊娠中は体の変化やホルモンの影響で免疫バランスが変わり、風邪を引きやすくなります。しかし、「薬を飲んでも大丈夫?」「赤ちゃんに影響はない?」と心配になる方も多いでしょう。そんなとき、体にやさしく働く漢方薬は、妊娠中の不調に対応できる頼もしい存在です。

この記事では、妊娠期間中に比較的安全に使える漢方薬、避けた方がよい風邪用の漢方薬、そして回復を早める養生法について、杜の都の漢方薬局「運龍堂」の専門的な知識と経験に基づいて詳しく解説いたします。妊娠中の皆様が安心して風邪症状に対処できるよう、最新の研究結果も踏まえてご説明いたします。

【注意】重要な注意事項:本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の医療判断に代わるものではありません。妊娠中の症状や薬の服用については、必ず医師や薬剤師にご相談ください。

妊娠中に風邪を引きやすくなる理由

免疫寛容による影響

妊娠中の体は、赤ちゃんを「自分ではない存在」として拒絶しないように、免疫機能を一部緩めている状態です。これは医学的に「免疫寛容」と呼ばれる現象で、胎児の健全な成長のために必要な生理的変化です。しかし、この変化により、ウイルスに対する抵抗力が一時的に低下してしまいます。

ホルモン変化と身体的要因

さらに、妊娠中は睡眠不足、栄養の偏り、体の冷えなども重なり、風邪が治りにくくなることもあります。つわりによる食事摂取量の減少や、体重増加に伴う身体的負担も、免疫力の低下につながる要因となります。また、妊娠に伴うホルモン変化により、鼻粘膜が腫れやすくなり、鼻づまりや鼻水などの症状も起こりやすくなります。

このような身体の変化は、妊娠期間を通じて続くため、妊娠初期から後期まで一貫して風邪への注意と適切な対処が必要となります。

妊娠中でも服用できる風邪用の漢方薬

漢方薬は「体を整えながら治す」ことを目的としています。そのため、妊娠中でも状態に合わせて使える処方がいくつかあります。ただし、どの漢方薬も必ず医師や薬剤師に相談してから服用することが重要です。

香蘇散(こうそさん)

【補足】第一選択薬として推奨:福岡県薬剤師会をはじめとする専門機関で、妊娠中の感冒治療において最初に検討すべき処方として推奨されています。

香蘇散は、妊娠中の風邪治療において第一選択薬とされている漢方薬です。この処方は、紫蘇葉(しそよう)と香附子(こうぶし)を主薬とし、気の巡りを整えながら風邪症状を緩和します。

香蘇散が妊娠中に適している理由は、構成生薬がすべて穏やかな作用を持ち、発汗作用や子宮収縮作用が少ないためです。頭痛、頭重感、悪寒(寒気)があり、まだ汗をかいていない風邪の初期段階に特に効果的です。また、妊娠中はストレスやホルモン変化によって「気(エネルギー)」の巡りが滞りやすくなりますが、香蘇散はこの気の流れを整え、軽い風邪や食欲不振をやわらげる効果があります。

胃腸症状を伴う風邪、いわゆる「お腹の風邪」にも適用でき、妊娠中の消化器症状の改善にも役立ちます。女性ホルモンの変動によるストレス症状にも効果があるため、妊娠中の様々な不調に幅広く対応できる優れた処方です。

桂枝湯(けいしとう)

桂枝湯は、香蘇散と並んで妊娠中に安全に使用できる代表的な風邪薬です。葛根湯よりも穏やかで、冷えや軽い発熱に向いています。妊娠初期でも安心して使えることが多く、体を温めながら免疫力を整える処方です。

桂枝湯の特徴は、発汗作用が非常に穏やかであることです。構成生薬である桂枝(けいし)、芍薬(しゃくやく)、甘草(かんぞう)、大棗(たいそう)、生姜(しょうきょう)は、いずれも妊娠中でも比較的安全に使用できる生薬です。体力が低下している方や、汗をかきやすい体質の方にも適用できます。

風邪の初期から中期にかけて、寒気があるものの高熱ではない場合、また胃腸症状を伴う風邪にも効果的です。妊娠中の体調管理において、体を優しく温めながら風邪症状を改善したい場合に最適な選択肢となります。

麦門冬湯(ばくもんどうとう)

【補足】妊娠期間を通じて安全性が確認:胎児や母体への悪影響は特に報告されておらず、妊娠期間を通じて使用可能とされています。

麦門冬湯は、乾いた咳やのどの痛みが続くときに使用される漢方薬で、妊娠中や授乳中の方に対しても処方されることが多い安全性の高い処方です。

この処方は、体の潤いを補って咳を落ち着かせるため、乾燥する季節の風邪にも適しています。麦門冬(ばくもんどう)を主薬とし、肺を潤しながら咳を鎮める効果があります。特に、空咳が続いて困る場合や、粘り気のある痰が出る場合に有効です。

刺激が少なく、妊娠中にも使いやすい代表的な処方で、のどの乾燥感や気管支炎様の症状にも対応できます。風邪が長引いて咳だけが残った場合にも適用され、妊娠中の呼吸器症状の改善に重要な役割を果たします。

参蘇散(じんそさん)

参蘇散は、咳嗽、多痰、鼻汁、鼻閉などの症状がある時期に使用される漢方薬です。人参(にんじん)が配合されているため、体力を補いながら風邪症状を改善する効果があり、妊娠中の体力低下が気になる方に特に適しています。

この処方は、風邪が進行して咳や痰、鼻水などの症状が顕著になった段階で使用されます。体力が中等度以下の方に適しており、妊娠中の体力不足を補いながら呼吸器症状を改善します。胃腸症状を伴う感冒にも効果的で、妊娠中の複合的な症状に対応できます。

小青竜湯(しょうせいりゅうとう)について

【注意】慎重な判断が必要:小青竜湯は麻黄を含むため、妊娠中の使用には注意が必要です。

小青竜湯は、鼻水・くしゃみ・咳が出る寒気タイプの風邪に使われる処方ですが、妊娠中の使用については注意が必要です。この処方には麻黄が含まれているため、短期間であれば使用可能とする専門家もいますが、発汗作用が強く体力を消耗しやすいという特徴があります。

最新の研究では、麻黄を含む漢方薬の妊娠中の使用について、一律に禁忌とするのではなく、症状と体質を慎重に評価した上で、必要最小限の期間で使用することが検討されています。ただし、自己判断での服用は避け、必ず専門家の指導のもとで使用することが重要です。


妊娠中に避けたい風邪用の漢方薬

【注意】重要:以下の漢方薬は妊娠中の使用を避けるか、十分な注意が必要です。

妊娠中の体は非常にデリケートです。特に、発汗作用や血流を大きく変化させる処方は、体調や胎児に影響を与えるおそれがあります。ここでは、妊娠中に注意または避けたい代表的な風邪用漢方薬について、最新の研究結果も踏まえて詳しく説明いたします。

麻黄湯(まおうとう)

麻黄湯は、強い寒気や高熱、筋肉痛などの重い風邪の初期に使われる処方ですが、含まれる麻黄(まおう)の量が非常に多く、妊娠中は原則として避けるべき処方です。麻黄に含まれるエフェドリンには、発汗作用、血圧上昇作用、子宮収縮作用があることが知られています。

最新の研究によると、麻黄に含まれるエフェドリンは末梢循環を損ない、胎盤への血流を損なう可能性があることが指摘されています。特に妊娠初期における使用は、胎児の器官形成期であることから、より慎重な判断が必要とされます。

大青竜湯(だいせいりゅうとう)

大青竜湯は、麻黄湯よりもさらに麻黄量が多く、発汗・利尿作用が非常に強力な処方です。この処方は、麻黄湯に石膏を加えた構成で、熱症状が強い場合に使用されますが、妊娠中では脱水や血圧変動を起こすおそれがあります。

麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)

麻杏甘石湯は、咳や喘息様の風邪症状に使われる処方ですが、麻黄が多く含まれています。呼吸を楽にする効果がある一方で、交感神経を刺激して血圧を上げる作用があるため、妊娠中は原則避ける方が安全です。

葛根湯についての注意点

【注意】2024年最新研究結果:東北メディカル・メガバンクの研究では、麻黄含有漢方薬は一律禁忌ではなく、慎重な個別判断が必要とされています。

葛根湯については、専門家の間でも意見が分かれるところです。最新の研究結果では、麻黄を含む漢方薬の妊娠中の使用について、一律に禁忌とするのではなく、個別の症状と体質を慎重に評価した上で判断することが重要とされています。

2024年の東北メディカル・メガバンクの研究では、「葛根湯や小青竜湯といった麻黄を含む漢方薬は、妊娠中のかぜ症状に対し使用されることがあり、麻黄を含む漢方薬の使用と児の先天形態異常との関連について統計学的に有意な差は見られない」という結果が報告されています。

しかし、エフェドリンの胎盤血流への影響を考慮すると、特に妊娠初期や切迫流産のリスクがある方への使用は避けることが推奨されます。体力がある妊婦さんが短期間に限って使う分には比較的安全とする見解もありますが、体力が落ちているとき、汗が止まらないとき、発熱が続くときは使用を控える必要があります。


妊娠中の風邪を早く治すための養生法

漢方では「正気(せいき:体を守る力)」が弱ると風邪を引くと考えます。薬だけでなく、生活養生も回復のカギになります。妊娠中の風邪回復には、以下のような総合的なアプローチが重要です。

基本的な養生の心得

妊娠中の風邪治療において最も重要なのは、十分な休息です。無理をせずに体力の回復に努めることで、自然治癒力を高めることができます。睡眠時間を増やし、日中も可能な限り安静にすることが大切です。

体を温めることも重要な養生法です。室温を適切に保ち、衣類も暖かいものを選びましょう。特に首、手首、足首の「三首」を温めることが効果的です。入浴については、高熱がなければぬるめのお湯でゆっくりと温まることで、血行を促進し、症状の改善を図ることができます。

水分補給も欠かせません。発熱や発汗により水分が失われるため、こまめな水分補給を心がけてください。白湯や薄めの番茶、生姜湯などの温かい飲み物がおすすめです。冷たい飲み物は体を冷やし、回復を遅らせる可能性があるため避けましょう。

食事療法による養生

風邪の際は、身体を温める性質の食材を積極的に摂取することが重要です。生姜(しょうが)は発汗作用と抗炎症作用があり、風邪の初期に特に効果的です。ネギは薬味として使用し、風邪のウイルスに対する抗菌作用が期待できます。大根は消化を助け、のどの炎症を鎮める効果があります。

人参はビタミンAが豊富で、免疫力向上に役立ちます。ごぼうは食物繊維が豊富で、体内の老廃物排出を促進します。これらの食材を組み合わせた温かいスープや煮物は、妊娠中の風邪回復に最適です。

消化の良い食事を心がけることも大切です。風邪をひいているときは胃腸機能も低下しているため、おかゆ、うどん、豆腐、白身魚、鶏ささみなど、消化に負担をかけない食材を選びましょう。

推奨食材

  • ・ビタミンCを多く含む:みかん、いちご、ブロッコリー、ほうれん草

  • ・ビタミンAを含む:人参、かぼちゃ、小松菜

  • ・亜鉛を含む:牡蠣、豚肉、納豆

  • ・良質なタンパク質:鶏肉、魚、卵、大豆製品

民間療法としての食養生

昔から親しまれている民間療法も、妊娠中の風邪回復に役立ちます。ただし、以下の民間療法は個人差があり、すべての方に適用できるわけではありません。心配な場合は医師に相談してください。

はちみつ大根

大根の殺菌作用とはちみつの抗炎症作用を組み合わせた優れた自然療法です。大根を1cm角に切って清潔な瓶に入れ、はちみつを注いで2-3時間置きます。大根から水分が出たら完成で、1日数回、スプーン1杯程度を服用します。

【注意】注意:妊娠中の安全性については個人差があるため、心配な場合は医師に相談してください。

生姜湯

身体を温め、発汗を促進する効果があります。生姜1片をすりおろし、熱湯200mlに入れて、はちみつを適量加えて味を調えます。温かいうちに飲用することで、体の芯から温まり、風邪症状の改善が期待できます。

【注意】注意:妊娠中の安全性については個人差があるため、心配な場合は医師に相談してください。

梨と大根のジュース

のどの炎症を鎮め、咳を和らげる効果があります。梨と大根を同量用意してすりおろし、ガーゼで漉して果汁を取り、少量ずつゆっくりと飲用します。この組み合わせは、乾燥による咳や痰の症状に特に効果的です。

【注意】注意:妊娠中の安全性については個人差があるため、心配な場合は医師に相談してください。

生活環境の整備

室内環境の管理も重要です。湿度を40-60%に維持することで、のどや鼻の粘膜を乾燥から守ることができます。加湿器の使用や、洗濯物を室内に干すことで湿度を上げることができます。定期的な換気を行い、空気を清浄に保つことも大切です。温度は20-22℃の適温を維持しましょう。

予防のための習慣として、外出後は必ず手洗いとうがいを実行し、人混みではマスクを着用することで感染を防ぎます。規則正しい生活を心がけ、十分な睡眠と適度な運動で免疫力を維持することが、風邪の予防と回復の両方に重要です。

症状別の対処法

発熱時の対処

  • ・十分な水分補給

  • ・額や脇の下を冷やす

  • ・薄着にして熱の放散を促進

  • ・安静にして体力の消耗を避ける

咳やのどの痛みへの対処

  • ・室内の湿度を上げる

  • ・マスクを着用して口腔内の湿度を保つ

  • ・温かい塩水でのうがい

  • ・はちみつ大根の摂取(個人差に注意)

鼻水・鼻づまりへの対処

  • ・鼻を温めるタオルの使用

  • ・蒸気の吸入

  • ・生姜湯などの温かい飲み物の摂取

  • ・十分な水分補給


漢方薬服用時の注意点

妊娠中の漢方薬服用においては、いくつかの重要な注意点があります。

服用期間と量

必要最小限の短期間に留めることが原則です。症状が改善したら速やかに服用を中止し、長期間の継続服用は避けてください。

専門家への相談

漢方薬を服用する前に、必ず産婦人科医や漢方専門医、薬剤師に相談してください。妊娠週数、体質、症状の程度により、適切な処方が異なります。特に妊娠初期は胎児の器官形成期であるため、より慎重な判断が必要です。

相互作用への注意

既に処方されている薬がある場合は、相互作用の可能性を確認してください。特に、血圧の薬や糖尿病の薬との併用には注意が必要です。

体調変化の観察

服用後は体調の変化を注意深く観察し、異常を感じた場合は直ちに服用を中止し、医師に相談してください。動悸、不眠、胃部不快感、発疹などの症状が現れた場合は、速やかに専門家に相談することが重要です。


医療機関受診の目安

緊急受診が必要な症状

【注意】以下の症状がある場合は速やかに医療機関を受診してください:38.5℃以上の高熱が続く場合激しい咳が続き呼吸困難を感じる場合胸の痛みがある場合意識がもうろうとする場合強い頭痛がある場合嘔吐が止まらない場合

  • ・38.5℃以上の高熱が続く場合

  • ・激しい咳が続き呼吸困難を感じる場合

  • ・胸の痛みがある場合

  • ・意識がもうろうとする場合

  • ・強い頭痛がある場合

  • ・嘔吐が止まらない場合

早めの受診を検討すべき症状

【注意】38℃以上の発熱が続く場合(相談レベル)3日以上症状が改善しない場合食事がとれない状態が続く場合脱水症状が疑われる場合妊娠中期以降で胎動が感じられない場合

  • ・38℃以上の発熱が続く場合(相談レベル)

  • ・3日以上症状が改善しない場合

  • ・食事がとれない状態が続く場合

  • ・脱水症状が疑われる場合

  • ・妊娠中期以降で胎動が感じられない場合

風邪症状が軽微であっても、妊娠中は体調の変化が胎児に影響する可能性があるため、不安を感じた場合は早めに医師に相談することをお勧めします。


まとめ

妊娠中の風邪は、適切な漢方薬の選択と日常生活での養生により、安全に改善することができます。香蘇散、桂枝湯、麦門冬湯、参蘇散などの安全性の高い漢方薬を、症状に応じて適切に選択することが重要です。

一方で、麻黄湯、大青竜湯、麻杏甘石湯などの処方は使用を避け、葛根湯についても慎重な判断が必要です。最新の研究結果も踏まえ、必ず専門家の指導のもとで服用することが重要です。

薬だけに頼らず、十分な休息、適切な食事、室内環境の管理、民間療法の活用など、日常生活での総合的な養生を心がけることで、風邪の早期回復と予防が期待できます。


運龍堂からのメッセージ杜の都の漢方薬局
「運龍堂」では、妊娠期間中の皆様お一人お一人の症状や体質に合わせた、最適な漢方薬の選択と養生指導を行っております。風邪症状でお困りの際は、お気軽にご相談ください。皆様の健やかな妊娠期間と、元気な赤ちゃんの誕生を心よりお祈りしております。


【注記】免責事項:本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の医療判断に代わるものではありません。妊娠中の症状や薬の服用については、必ず医師や薬剤師にご相談ください。記載内容は最新の研究結果と専門機関の見解に基づいていますが、個人の体質や症状により適用が異なる場合があります。

 

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