妊娠中の痔と便秘|いきめないつらさを体質から和らげる漢方と食養生

はじめに

妊娠がわかってうれしい気持ちの一方で、おなかの張りとは別に、便秘や痔のつらさに悩まされている。運龍堂には、そうしたお声を数多くお寄せいただきます。デリケートな場所のことだけに、ご家族にも打ち明けにくく、おひとりで我慢してしまう方が少なくありません。けれども、妊娠中に便秘を経験する方は三割から四割程度にのぼるとされ、それにともなって痔の症状が現れる方も多いと言われています。決してめずらしいことでも、恥ずかしいことでもないのです。漢方では、便秘や痔を「出口だけの問題」とはとらえません。おなかを動かす力、うるおいのめぐり、そして下半身の血の流れという、からだ全体のバランスの変化としてながめていきます。ここでは、妊娠中に痔と便秘が起こりやすい理由と、体質から無理なく整えていく方法を、運龍堂の視点から解説します。



妊娠中に痔と便秘が起こりやすい理由

● 西洋医学的な観点から

妊娠中はプロゲステロン(黄体ホルモン)の分泌が大きく増えます。このホルモンには子宮の収縮をおさえて妊娠を維持するはたらきがありますが、同時に腸の筋肉にも作用して、ぜん動運動をゆるやかにします。その結果、便が腸内にとどまる時間が長くなり、水分が必要以上に吸収されて硬くなりやすくなるのです。また、つわりの時期は食事量も水分量も減りがちで、便のもとになる材料そのものが不足してしまいます。



妊娠中期以降になると、大きくなった子宮が直腸やその周囲を押し広げ、便の通り道が物理的に狭くなります。さらに子宮は骨盤内を走る太い静脈も圧迫するため、心臓へ戻る血液の流れがとどこおり、肛門のまわりの細い静脈に血液がたまりやすくなります。妊娠中は循環血液量が妊娠前より大きく増えることもあり、うっ血の条件がそろってしまうのです。加えて、貧血の予防に処方される鉄剤は、人によって便を硬くしたり黒くしたりすることがあります。こうして硬くなった便を無理に出そうと強くいきむことで、肛門の粘膜や皮膚が傷つき、痔へとつながっていきます。



● 東洋医学(漢方)の観点から

漢方では、妊娠は母体の「気(き)」と「血(けつ)」をたくさん使う時期だと考えます。まず、からだを動かすエネルギーが不足した状態を気虚(ききょ)といい、腸を押し出す力そのものが弱まるため、便意はあるのに出し切れない、途中で疲れてしまうといった状態が起こりやすくなります。次に、赤ちゃんを育てるために栄養となる血がたくさん使われ、血が足りなくなった状態を血虚(けっきょ)といいます。腸をうるおす力が減るため、便がころころと硬く、乾いた形になりがちです。



さらに、大きくなった子宮に押されて下半身のめぐりがとどこおると、血の流れがよどんだ瘀血(おけつ)の状態になると考えます。肛門まわりのうっ血や、いぼのようなふくらみ、じんとした鈍い痛みは、この見立てで説明されることが多いものです。そこに、環境の変化や出産への不安から気のめぐりが停滞する気滞(きたい)が重なると、おなかの張りが強くなったり、日によって便通が大きく変わったりと、不安定さが出やすくなります。妊娠中の便秘と痔は、この四つの要素がいくつも重なって起こるため、どれが中心になっているかを見きわめることが大切になります。

主な症状

妊娠中に多いのは、ころころとした硬い便、残便感、おなかの張り、そして排便のときの出血や痛みです。痔にはいくつかのタイプがあります。肛門の内側にできるいぼ痔を内痔核といい、痛みを感じる神経が少ない場所のため、痛みよりも紙ににじむような出血や、押し出されるような脱出感で気づく方が多いものです。一方、肛門の外側にできる外痔核は、触れることができるしこりとして現れ、ずきずきとした痛みや腫れをともないやすいのが特徴です。切れ痔は、硬い便が通るときに肛門の皮膚が切れた状態で、排便時の鋭い痛みと、少量の鮮やかな出血がめやすになります。出血の量が多いとき、強い痛みが続くとき、しこりが急に大きくなったときは、我慢せず産婦人科や肛門科を受診してください。



服用可能な漢方薬・薬膳素材

ここからは、妊娠中の痔と便秘に用いられることのある漢方薬をご紹介します。妊娠中は、お母さまと赤ちゃんの両方に配慮した処方選びが欠かせません。市販されているものであっても自己判断での服用は避け、必ず医師・薬剤師・登録販売者にご相談のうえ、体質と週数に合った形で取り入れていただくようお願いいたします。

● ①乙字湯(おつじとう)

乙字湯は、当帰(とうき)、柴胡(さいこ)、黄芩(おうごん)、升麻(しょうま)、甘草(かんぞう)、大黄(だいおう)などから構成される、痔の代表的な処方として知られています。血のめぐりを助けながら、下に垂れ下がりやすいものを引き上げる升麻を含み、切れ痔や軽いいぼ痔で、排便のときの痛みや出血が気になる方に用いられてきました。ただし、乙字湯には大黄を含む製剤があり、大黄は腸を強く刺激するはたらきをもつため、妊娠中の使用にはとくに慎重な判断が必要です。大黄を含まない処方構成のものを選んだり、量を調整して用いたりする場合もありますので、ご自身で買い求める前に、必ず専門家にご相談ください。



● ②当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)

当帰芍薬散は、当帰、芍薬(しゃくやく)、川芎(せんきゅう)、白朮(びゃくじゅつ)、茯苓(ぶくりょう)、沢瀉(たくしゃ)の六種類からなり、妊娠中にも比較的用いられることの多い処方です。足りない血をおぎなう補血(ほけつ)のはたらきと、余分な水分のかたよりを整えるはたらきをあわせもちます。顔色がすぐれず、冷えやむくみを感じやすく、便が硬くなりがちな方に向くとされています。おなかを内側から温めてめぐりを助けることで、下半身にたまった重だるさをやわらげる目的で選ばれます。

● ③六君子湯(りっくんしとう)

六君子湯は、人参(にんじん)、白朮、茯苓、半夏(はんげ)、陳皮(ちんぴ)、大棗(たいそう)、生姜(しょうきょう)、甘草からなる処方で、胃腸のはたらきが弱っている方に広く用いられてきました。食欲が出ない、少し食べるとおなかが張る、みぞおちがつかえるといった状態を整え、消化吸収の力を底上げしていきます。つわりの影響で食事量が減り、便のもとになる材料そのものが足りていない方や、胃の不快感から食べられずに便秘が長引いている方に向く処方です。



● ④補中益気湯(ほちゅうえっきとう)

補中益気湯は、黄耆(おうぎ)と人参を中心に、白朮、当帰、陳皮、升麻、柴胡、大棗、生姜、甘草を組み合わせた処方で、不足したエネルギーをおぎなう補気(ほき)の代表格とされています。とくに、疲れやすくて声に力が入らない、日中も横になりたくなる、いきむ力そのものが続かないという方に向きます。下がりやすいものを引き上げる方向にはたらくと考えられており、脱出感をともなう痔でお困りの方や、産後にかけて体力の消耗が気になる方にも用いられています。

● ⑤黄耆建中湯(おうぎけんちゅうとう)

黄耆建中湯は、黄耆に、桂皮(けいひ)、芍薬、大棗、生姜、甘草、そして麦芽から作る膠飴(こうい)を加えた、やさしい甘みのある処方です。おなかを内側からじんわり温めてゆるやかに力をつけ、傷んだ粘膜や皮膚の回復を支える方向に用いられてきました。もともと胃腸が弱い、疲れると汗をかきやすい、冷えるとおなかが痛くなる、切れ痔をくり返しているといった方に向きます。飲み口がおだやかで、体力が落ちている時期でも取り入れやすいのが特徴です。



薬膳素材

毎日の食卓に取り入れやすい薬膳素材も、心強い味方になります。なつめ(棗)は、やさしい甘みでおなかを落ち着かせ、張りつめた気持ちをゆるめてくれる素材として親しまれてきました。二粒から三粒をお湯で煮出してお茶にしたり、そのままおやつ代わりにしたりと、気軽に続けられます。蓮肉(れんにく)は蓮の実で、ほくほくとした食感が特徴です。おかゆやスープに入れると胃腸にやさしく、落ち着かない夜をすごしているときにも向きます。松の実(まつのみ)は良質な油分を含み、乾いて硬くなりがちな便をなめらかにする助けとして、古くから重宝されてきた素材です。サラダやおひたしに散らすだけで手軽に取り入れられます。

枸杞の実(くこのみ)は、不足しがちな血をおぎなう食材として知られ、目の疲れが気になるときにもおすすめです。みかんの皮(陳皮)は、さわやかな香りでおなかの張りをやわらげたい日に。細かく刻んで紅茶や白湯に浮かべると、気分もふっと軽くなります。桑の実(くわのみ)は、ほどよい甘酸っぱさが魅力で、うるおいをおぎなう素材としてヨーグルトやジャムに合わせやすい一品です。いずれも食品として扱えるものですので、少量ずつ、おいしいと感じる範囲で続けてみてください。

また運龍堂では、牡蠣肉エキスやスクアレンもお取り扱いしています。牡蠣肉エキスは亜鉛やタウリンを含む素材として、スクアレンは深海鮫由来の油分として、日々の元気を支える目的で選ばれる方が多い商品です。ただし妊娠中の摂取については、体調や週数によって判断が変わりますので、召し上がる前に必ず専門家にご相談ください。



注意が必要な漢方薬

妊娠中は、生薬によって慎重な判断が必要になるものがあります。大黄や芒硝(ぼうしょう)、センナは腸を強く刺激して排便をうながす作用があり、子宮の収縮につながるおそれが指摘されています。また、血のめぐりを強く動かす桃仁(とうにん)、紅花(こうか)、牡丹皮(ぼたんぴ)や、香りの強い麝香(じゃこう)なども、妊娠中は避けるか、専門家の管理のもとで慎重に扱うべき生薬とされています。市販の便秘薬にはセンナやその成分を含むものが少なくありませんので、「妊娠前に使って平気だったから」と自己判断で続けることはお控えください。

刺激性の下剤を毎日のように使い続けると、腸が刺激に慣れて自力で動きにくくなり、量がだんだん増えていくという悪循環に陥りやすいことも知られています。さらに、多くの漢方処方に含まれる甘草は、摂りすぎるとむくみや血圧の上昇、手足のだるさなどをともなう偽アルドステロン症を起こすことがあります。複数の漢方薬を併用すると甘草が重なりやすいため、現在お飲みのものは、市販薬やサプリメントもふくめてすべて薬剤師にお伝えいただくと安心です。

おすすめの食品

便通を整えるうえで土台になるのは、やはり毎日の食事です。食物繊維には二つのタイプがあり、それぞれ役割が異なります。水溶性食物繊維は水を含んでゲル状になり、硬くなった便をやわらかくしてくれるもので、わかめやめかぶなどの海藻類、オクラ、里いも、りんご、大麦などに多く含まれます。一方、不溶性食物繊維は便のかさを増やして腸を刺激するタイプで、ごぼう、さつまいも、きのこ類、豆類が代表格です。便が硬くて困っている方が不溶性ばかりを増やすと、かえっておなかが張ってしまうことがありますので、水溶性のものを意識して組み合わせるとよいでしょう。

腸内の環境を整えるには、ヨーグルト、納豆、みそ、ぬか漬けといった発酵食品を、少量でもよいので毎日続けることがすすめられます。意外に見落とされがちなのが油分です。オリーブオイルやえごま油、ごま、くるみなどの良質な油を小さじ一杯ほど加えるだけでも、便のすべりがよくなることがあります。そして水分です。妊娠中は必要量が増えますので、食事以外に一日一・五リットル前後を目安に、常温の水や白湯、麦茶などでこまめに補いましょう。むくみや血圧のことで指導を受けている方は、飲む量について主治医にご確認ください。

避けた方が良い食品・飲み物

唐辛子やこしょうなど、香辛料をきかせた辛い料理は、消化されずに腸を通り抜けたあと肛門の粘膜を刺激し、痛みやかゆみを強めることがあります。症状が出ているあいだは控えめにしておくと安心です。アルコールは血管を広げてうっ血を強めるうえ、赤ちゃんへの影響が明らかになっているため、妊娠中は時期を問わず控えていただく必要があります。カフェインには利尿作用があり、摂りすぎると体内の水分が失われて便が硬くなる方向にはたらきます。コーヒーや濃い緑茶は一日一杯から二杯程度にとどめ、麦茶やルイボスティー、白湯に置きかえてみてください。また、冷たい飲み物やアイスを続けて摂ると、おなかが冷えて腸の動きが鈍くなりやすくなります。氷入りの飲み物は避け、常温か温かいものを選ぶ習慣が、めぐりを守ってくれます。

日常生活での対策

排便のときは、姿勢を少し工夫するだけで負担が変わります。便座に座ったら、足元に十五センチほどの台を置いてかかとを上げ、上体を軽く前に倒してみてください。直腸の角度がゆるみ、強くいきまなくても出やすくなります。三分ほど試して出ないときはいったん切り上げ、次に便意が来てから座り直しましょう。長い時間いきみ続けることが、痔をつくる一番の引き金になります。入浴も大切な養生です。ぬるめのお湯にゆっくりつかって肛門のまわりを温めると、うっ血がやわらぎ、痛みやかゆみが落ち着きやすくなります。

体調に問題がなければ、十五分ほどの散歩やマタニティヨガなど、軽く体を動かす習慣も助けになります。朝起きたら、まずコップ一杯の白湯をゆっくり飲み、胃腸に朝の合図を送るのもおすすめです。ツボでは、ひざの下の外側にある足三里(あしさんり)、手の甲の親指と人差し指のあいだにある合谷(ごうこく)、頭のてっぺんの百会(ひゃくえ)がよく知られています。気持ちよいと感じる強さで、ゆっくりと押してみてください。ただし妊娠中は刺激を避けたいツボもありますので、強く長く押すことは控え、心配なときは施術者や専門家にご確認いただくと安心です。



まとめ

妊娠中の便秘や痔は、ホルモンの変化や大きくなった子宮の影響という、避けにくい理由が重なって起こります。決してご自身の努力が足りないからではありませんし、恥ずかしがって我慢を続ける必要もありません。漢方では、いきむ力が足りないのか、うるおいが足りないのか、それとも下半身のめぐりがとどこおっているのかを見きわめ、乙字湯、当帰芍薬散、六君子湯、補中益気湯、黄耆建中湯といった処方の中から、その方の体質と週数に合ったものを選んでいきます。あわせて、なつめや松の実などの薬膳素材、食事の工夫、排便姿勢、温めの養生を重ねていくことで、日々の負担はやわらいでいきます。出血が多い、強い痛みが続くといった場合は、まず産婦人科や肛門科を受診してください。運龍堂では、おひとりおひとりのお話をゆっくりうかがいながら、妊娠中でも安心して取り入れていただける形をご提案しております。ご来店が難しい方のために、オンラインでのご相談にも対応しておりますので、どうぞお気軽にお声かけください。


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