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流産後の体と心の立て直し|消耗した「気」と「血」を補い、次の一歩に備える漢方と養生
はじめに
妊娠された方のおよそ15%前後に流産が起こるとされ、化学流産まで含めればその割合はさらに高いと考えられています。決して珍しいことではなく、そして何より大切なこととして、流産の多くは受精卵側の偶発的な染色体の問題によるもので、ご本人の行動が原因ではないと考えられています。仕事を続けたことも、重い荷物を持ったことも、あの日眠れなかったことも、原因ではありません。まずはこのことを、いちばん最初にお伝えしたいと思います。
とはいえ、出血や処置によって体力は確かに消耗し、急激なホルモンの変化とともに気持ちも大きく揺れます。「早く次に進まなければ」と焦る気持ちと、体がついてこない現実との間で、立ち止まってしまう方も少なくありません。ここでは、流産・化学流産のあとの体と心をどう立て直し、次の一歩に備えて整えてゆくかを、運龍堂の視点から解説します。

流産後に体と心の回復が遅れやすい理由
● 西洋医学的な観点から
妊娠が成立すると、hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)というホルモンが分泌され、プロゲステロンとエストロゲンが高い状態に保たれます。流産や化学流産が起こると、この高い状態から一気に低下し、体はいわば「産後に近いホルモンの急降下」を、ごく短い期間で経験することになります。hCGは数日から数週間かけて徐々に下がり、月経は個人差が大きいものの、およそ4〜6週間で再開する方が多いとされています。この急激な変化は自律神経にも影響し、のぼせ、寝つきの悪さ、涙もろさ、理由のはっきりしない不安感といった形で現れることがあります。
さらに、出血が続いたり子宮内容除去術を受けたりした場合には、鉄やたんぱく質が失われ、貧血に傾きやすくなります。子宮内膜が元の厚みに戻るまでにも一定の時間が必要です。動悸、立ちくらみ、階段で息が切れる、髪が抜けやすいといった症状は、気持ちの問題ではなく、体が実際に消耗しているサインとして受け止めてよいものです。

回復のペースが遅れやすいのは、休養が十分に取れないときです。早すぎる職場復帰、睡眠不足、食欲が落ちたままの食生活、鉄やたんぱく質の不足、そして「次こそは」という強い焦りによる慢性的な緊張。これらが重なると、体が修復に使うはずの力が日々の活動に回されてしまい、いつまでもだるさが抜けないという状態が続きます。なお、出血が長く続く、38度以上の発熱がある、強い腹痛がある、においの気になるおりものがあるといった場合は、養生よりも先に、ためらわず産婦人科を受診してください。

● 東洋医学(漢方)の観点から
漢方では、流産や化学流産のあとの体を「小さなお産のあと」に近い状態としてとらえ、産後と同じように大切に養生すべき時期と考えます。このとき体に起きているのは、まず気虚(ききょ/体を動かすエネルギーが不足した状態)です。少し動いただけで疲れる、声に力が出ない、日中に眠気が強いといった様子は、この不足のあらわれとされています。
あわせて生じやすいのが血虚(けっきょ/体をうるおし養う血が不足した状態)です。出血によって血が失われると、顔色がさえない、爪が割れやすい、眠りが浅い、些細なことで気持ちが揺れるといった変化が出やすくなると考えられています。
また、妊娠と出産に深く関わる力を漢方では「腎(じん)」の働きと呼びます。妊娠の維持と喪失は、この力を大きく使う出来事です。腎虚(じんきょ/体の土台となる力が消耗した状態)に傾くと、腰やひざのだるさ、冷え、月経の再開の遅れとして感じられることがあります。
そしてもう一つ見落とせないのが、気滞(きたい/気のめぐりが停滞した状態)です。悲しみや不安を言葉にできないまま抱え込むと、めぐりが滞り、喉のつかえ感、ため息の多さ、胸のあたりがふさがるような感覚として体に出ることがあるとされています。心のつらさが体の症状として現れるのは、弱さではなく、ごく自然な反応です。

主な症状
この時期に現れやすいのは、強い疲労感やだるさ、立ちくらみ、動悸や息切れ、顔色のさえなさ、髪が抜けやすい、手足の冷え、腰のだるさといった体のサインです。食欲が戻らない、少し食べただけで胃がもたれる、食べても力にならない感じがする、という声もよく聞かれます。
心の面では、寝つきが悪い、夜中に目が覚める、考えごとが止まらない、涙が急にこぼれる、人の妊娠報告がつらい、といった状態が続くことがあります。これらは特別なことではなく、体と心が同時に回復を必要としているあらわれと考えられます。つらさが何週間も続いて日常生活に支障が出るときは、産婦人科や心療内科など、専門家に相談していただいて構いません。

服用可能な漢方薬・薬膳素材
この時期の漢方は、失われたものを補い、めぐりを取り戻すことが中心になります。体力を底上げする処方、心の落ち着きを支える処方、胃腸を立て直す処方など、いま何がいちばんつらいかによって選ぶものが変わります。以下は運龍堂でよくご相談をいただく処方です。
● ① 十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)
出血と処置で消耗した体力と血を補う、この時期の基本となる処方です。人参や黄耆といった気を補う生薬と、当帰・芍薬・地黄・川芎といった血を補う生薬を組み合わせ、体のエネルギーと血の両方の不足を同時に立て直すことをねらいます。疲れやすい、顔色がさえない、少し動くと息が切れる、手足が冷えるといった方に向くとされています。まず土台の力を戻したいときに、最初の選択肢として考えられる一剤です。

● ② 人参養栄湯(にんじんようえいとう)
疲れに加えて、息切れ、眠りの浅さ、なんとなく不安といった心の落ち着かなさを伴う方に用いられる処方です。体力と血を補う生薬に、呼吸を助ける働きや気持ちを安らげる働きをもつ生薬が加わっているのが特徴とされています。夜中に何度も目が覚める、横になっても頭が休まらない、痩せてきて力が出ないといった状態が重なるときに検討されます。体を養いながら、眠りと気持ちの安定を同時に支えることが期待されます。
● ③ 加味帰脾湯(かみきひとう)
考えごとが止まらない、眠れない、気分が沈む——そうした状態が前面に出ているときに用いられる処方です。胃腸の働きを助けながら血を補い、あわせて熱っぽいいらだちを冷ます生薬が配合されています。あの日のことを何度も思い返してしまう、日中もぼんやりして集中できない、些細なことで涙が出る、微熱っぽさやのぼせを感じる、といった方に向くとされています。心と体の両方に働きかける処方として、この時期によくご相談をいただきます。

● ④ 六君子湯(りっくんしとう)
食欲が戻らない、胃がもたれる、食べても力にならないという方の胃腸を立て直す処方です。人参・白朮・茯苓などで胃腸の働きを助け、たまった余分な水分をさばく生薬を組み合わせています。どんなに良いものを口にしても、それを消化して力に変える働きが弱っていては体は回復しません。まず食べられる体に戻すという意味で、補う処方の前段階として、あるいは並行して用いられることがあります。
● ⑤ 半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)
喉のつかえ感、ため息の多さ、胸のあたりがふさがるような感覚があるときに用いられる処方です。検査をしても喉に異常が見つからないのに、何かが引っかかっている感じが取れない——そうした訴えに古くから使われてきました。停滞した気のめぐりを動かし、胸のあたりの重苦しさをやわらげることが期待されます。気持ちを言葉にできないまま抱えている時期に、体の側からそっと出口をつくる一剤といえます。

薬膳素材
毎日の食卓に取り入れられる素材にも、この時期の体をやさしく支えてくれるものがあります。
なつめ(棗)は、消耗した体を穏やかに補い、気持ちを落ち着かせる素材として親しまれてきました。そのままおやつにしても、スープやおかゆに数粒入れても摂りやすい素材です。龍眼肉(りゅうがんにく)は甘くやわらかな乾果で、血を補い、眠りと気持ちの安定を支えるとされています。夜が長く感じられる時期に、なつめと合わせてお湯を注ぐだけでも一杯になります。
枸杞の実(くこのみ)は、体をうるおし目の疲れをいたわる素材として知られ、ヨーグルトやサラダに散らすだけで手軽に続けられます。蓮肉(れんにく)は蓮の実のことで、胃腸をととのえながら気持ちを鎮める働きがあるとされ、おかゆや煮ものによく合います。
玖瑰花(まいかいか)は、ハマナスのつぼみを乾燥させたもので、滞った気のめぐりをやわらかく動かすとされ、香りのよいお茶として楽しめます。みかんの皮(陳皮)も同じく香りでめぐりを助ける素材で、胃がもたれるときに湯を注いで香りごといただくと、胸のあたりがふっと軽くなることがあります。金針菜(きんしんさい)はカンゾウの花のつぼみを乾燥させたもので、鉄を含み、気分が沈みがちな時期に用いられてきた歴史があります。水で戻してスープや炒めものに加えるだけで、いつもの食事に取り入れられます。
また運龍堂では、忘憂草製剤(金針菜=忘憂草の製剤。気持ちが沈みがちな時期に用いられてきました)や、鹿茸(ろくじょう)もお取り扱いしています。鹿茸は体の土台となる力を補う目的で古くから重んじられてきたものですが、食品として気軽に召し上がるものではありませんので、お使いになるかどうかを含めて、まずはご相談ください。

注意が必要な漢方薬
補うことが中心となるこの時期には、体力を消耗させる方向に働く生薬には注意が必要です。大黄や芒硝のように強く便通をつける生薬、牡丹皮・紅花・桃仁のように血のめぐりを強く動かす生薬、麝香のように強い香りで気を大きく動かす生薬は、出血が完全に止まっていない時期や体力が落ちている時期には慎重に扱うべきものとされています。市販のダイエット目的の便秘薬に大黄が含まれていることもありますので、成分表示を一度ご確認ください。
また、多くの処方に配合される甘草は、長期にわたって多量に摂り続けると、むくみや血圧の上昇、体のだるさを伴う偽アルドステロン症を招くことがあると知られています。複数の漢方薬を自己判断で重ねて飲むと、甘草の量が知らないうちに増えてしまいます。麻黄は動悸や不眠を招くことがあり、附子は体質によっては合わないことがあります。
漢方はあくまで体調を整えるための手段であり、医療の代わりになるものではありません。産婦人科で処方されているお薬がある場合や、次の妊娠に向けた治療を受けている場合は、必ず主治医と漢方の専門家の双方に相談したうえでお選びください。
おすすめの食品
まず優先していただきたいのが、失われた鉄とたんぱく質を補うことです。赤身の肉、レバー、まぐろやかつお、あさりやしじみ、卵、大豆製品などを、一日のどこかで必ず口にできるとよいでしょう。鉄はビタミンCと一緒に摂ると吸収が助けられるとされていますので、ブロッコリーやパプリカ、いちご、キウイなどを添えるのがおすすめです。
色の濃い食材も意識してみてください。黒豆、黒ごま、ひじき、きくらげ、プルーンといった黒や赤の食材は、漢方の考え方でも血を養う働きがあるとされてきました。ほうれん草や小松菜などの青菜も、鉄と葉酸をあわせて摂れる心強い味方です。
そして、胃腸に負担をかけない調理法を選ぶこと。食欲が戻っていない時期は、生ものや脂の多い料理よりも、根菜と鶏肉のスープ、なつめを加えたおかゆ、かぼちゃの煮もの、山いものとろろなど、温かくやわらかいものが体になじみます。少量ずつ、回数を分けて食べる形でも構いません。「きちんと三食」より「食べられるものを、温かく」を目安にしてください。
避けた方が良い食品・飲み物
体を冷やすものは、この時期にはできるだけ控えたいものです。氷入りの冷たいお茶や水、アイスクリーム、生野菜のサラダばかりの食事は、胃腸の働きを鈍らせ、めぐりを滞らせやすいとされています。常温の水や白湯に切り替えるだけでも、体の負担はずいぶん変わります。
砂糖の多いお菓子やジュースも、その場は元気が出るように感じても、血糖の乱高下によって気分の波を大きくしてしまうことがあります。カフェインの摂りすぎは眠りを浅くし、ただでさえ休まりにくい夜をさらに短くします。午後からはカフェインを控えるだけでも、寝つきが変わることがあります。
お酒については、気持ちをまぎらわせるために量が増えやすい時期です。眠りの質を下げ、鉄の吸収を妨げることもありますので、体が回復するまではひかえめにしていただくのが安心です。
日常生活での対策
この時期にいちばん大切なのは、休むことを予定に組み込むことです。「休めたら休む」ではなく、あらかじめ何もしない時間を確保してください。眠れない夜があっても、横になって目を閉じているだけで体は回復に向かいます。運動は、体調が落ち着いてから、散歩やゆるやかなストレッチなど軽いものから始めてください。汗をたくさんかくような激しい運動は、消耗している時期には向きません。
体を温めることも助けになります。ぬるめのお湯にゆっくり浸かる、腰やお腹にカイロを当てる、靴下を重ねるといった小さな工夫が、めぐりを支えます。ツボでは、内くるぶしから指四本分上の三陰交(さんいんこう)、ひざ下外側の足三里(あしさんり)、手首の内側の内関(ないかん)などが知られています。強く押す必要はなく、温かい手のひらでそっと当てておくだけでも構いません。
気持ちについては、無理に前を向こうとしなくて大丈夫です。悲しむ時間そのものが回復の一部です。話せる相手がいれば言葉にし、いなければ書き出すだけでも、抱え込んだものが少し動きます。SNSやマタニティ関連の情報からしばらく距離を置くことも、立派な養生のひとつです。なお、次の妊活をいつ再開するかについては、月経の再開やhCGの低下といった一般的な目安はあるものの、状況によって適切な時期は異なりますので、必ず主治医の指示に従ってください。

まとめ
流産や化学流産のあとの体は、目に見えなくても確かに消耗しています。出血で失われた血、急激なホルモンの変化、そして言葉にしきれない気持ち。そのどれもが、時間と養生を必要とするものです。繰り返しになりますが、流産の多くは受精卵側の偶発的な染色体の問題によるもので、ご自身を責める必要はありません。
漢方では、この時期を「補う時期」と考えます。体力と血を底上げする、眠りと気持ちを支える、胃腸を立て直す、滞っためぐりを動かす——いま何がいちばんつらいかによって、選ぶ道筋は変わります。焦って次に進もうとするより、まず土台を整えてゆくことが、結果として遠回りにならないと考えています。
運龍堂では、お一人おひとりの体調やお気持ちのご様子をうかがいながら、いまの時期に合う漢方薬や薬膳素材をご提案しています。ご来店が難しい方には、オンラインでの漢方相談にも対応しておりますので、遠方の方やお出かけがつらい時期の方も、どうぞご利用ください。何を話せばよいかわからない、というところからで構いません。まずはお気軽にご相談ください。
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