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妊活は胃腸から|「後天の本」脾胃を整えて、栄養の届く体をつくる漢方
はじめに

「体にいいものを食べているのに、なかなか妊娠に至らない」。妊活中の方から、そんなお声をよくいただきます。国立社会保障・人口問題研究所の調査によれば、日本では夫婦の約4.4組に1組が不妊の検査や治療を受けた経験があるとされ、妊活はもはや特別なことではなくなりました。一方で、サプリメントや食事に気を配っていても、それを吸収し、全身へ届ける「胃腸のはたらき」まで意識している方は多くありません。
漢方では、飲食物から気血(きけつ=体のエネルギーと栄養)をつくり出す脾胃(ひい=漢方でいう胃腸のはたらき)を「後天の本(こうてんのもと)」と呼び、生まれた後に生命力を養っていく土台と位置づけています。土が痩せていれば、どんなに良い種をまいても芽は育ちにくいのと同じことです。今回は、妊活と胃腸の深い関係について、仙台の漢方薬局・運龍堂の視点から解説します。
妊活中に胃腸のトラブルが起こりやすい理由
● 西洋医学的な観点から
妊娠の成立には、卵子の質、子宮内膜の厚さ、ホルモンバランスなど多くの要素が関わりますが、その材料はすべて日々の食事から得られる栄養素です。たとえば胎児の神経管閉鎖障害(赤ちゃんの脳や背骨のもとになる部分がうまく閉じずに起こる先天異常)のリスク低減のため、厚生労働省は妊娠を計画する女性に対し、食事に加えてサプリメント等から1日400マイクログラムの葉酸摂取を推奨しています。しかし葉酸や鉄、亜鉛、ビタミンB12といった栄養素は、胃酸と消化酵素によって切り離され、主に十二指腸から空腸(どちらも胃のすぐ先に続く小腸の部分)で吸収されます。そのため胃腸機能が低下していると摂取量どおりには体内へ入りません。
実際、日本人女性の月経のある年代では鉄欠乏を示す方が少なくなく、令和元年国民健康・栄養調査では20〜40代女性の鉄摂取量は推奨量に届いていない傾向が報告されています。さらに、腸内環境は「エストロボローム」と呼ばれる腸内細菌群を介してエストロゲン(女性ホルモン)の再吸収に関与するとされています。
エストロボロームとは、女性ホルモンの分解・再吸収に関わる腸内細菌のグループのことです。便秘や下痢が続く状態は、ホルモンの動きにも影響しうると考えられています。加えて、妊活のストレスは自律神経を介して胃の排出能を落とし、機能性ディスペプシアを招きやすいことも知られています。胃の排出能とは胃の中身を腸へ送り出す力のことで、機能性ディスペプシアとは、検査では異常がなくても胃の不快感が続く状態です。
● 東洋医学(漢方)の観点から

漢方では、妊娠の土台となる力を腎(じん=成長・生殖・老化をつかさどる生命力の源)が蓄える「腎精(じんせい=生命力のもとになる蓄え)」と考えます。生まれ持った腎精は「先天の本(せんてんのもと=生まれつきの蓄え)」ですが、これは消耗するばかりで、日々補ってくれるのが飲食物から気血をつくる脾胃、すなわち「後天の本」です。脾は「運化(うんか)」といって、食べたものを気血に変えて全身に運ぶ役割を担うとされます。
この脾の力が弱った状態が脾虚(ひきょ)で、食後の眠気、軟便、疲れやすさ、食が細いといったサインが現れます。脾虚が続くと、気血をつくれずに気虚(ききょ=エネルギー不足)・血虚(けっきょ=栄養とうるおいを届ける血の不足)へ進み、子宮内膜を潤し養う血が不足して、経血量の減少や月経周期の乱れにつながると考えられています。
また、脾は水分代謝も担うため、脾虚では余分な水がたまる水滞(すいたい)・痰湿(たんしつ=たまった水分がどろりと停滞した状態)を生じ、下腹部の冷えやむくみ、排卵の乱れの一因になるとされます。さらに気血がつくれなければ腎精も補充されず、腎虚(じんきょ=生命力の蓄えが減った状態)へと波及します。ストレスによって肝(かん=気の巡りと感情の安定をつかさどる)の気がのびやかに巡らなくなり、脾を痛めつける「肝脾不和(かんぴふわ=気の巡りの乱れで胃腸まで弱る状態)」も、妊活中の方に非常に多く見られる状態です。
主な症状

脾胃が弱っているサインは、必ずしも激しい胃痛として現れるとは限りません。食後に強い眠気やだるさが出る、少し食べただけでお腹が張る、胃がもたれる、軟便や下痢と便秘を繰り返す、口の中が粘る、舌の縁に歯の跡(歯痕舌/しこんぜつ=舌がむくんで歯に当たり、縁がギザギザに見える状態)がつく、といった穏やかな不調が中心です。
全身では、疲れやすい、顔色が黄色っぽくくすむ、めまいや立ちくらみ、手足の冷え、むくみやすい、といった気血不足(エネルギーと栄養が足りていない状態)の症状を伴いやすくなります。妊活との関わりでは、経血の色が薄い、量が少ない、周期が長い、基礎体温の高温期(排卵のあとに体温が上がる時期)が短い・上がりきらない、といった変化として現れることがあると考えられています。こうしたサインは「体質だから」と見過ごされがちですが、体からの大切なメッセージです。
服用可能な漢方薬・薬膳素材
● ①六君子湯(りっくんしとう)

人参(にんじん)、白朮(びゃくじゅつ)、茯苓(ぶくりょう)、半夏(はんげ)、陳皮(ちんぴ)、大棗(たいそう)、甘草(かんぞう)、生姜(しょうきょう)で構成される、脾胃の代表的な処方です。気(き=体を動かし、温めるエネルギー)を補いながら余分な水湿(すいしつ=体にたまった余分な水分)を除き、胃の動きを助けるとされ、胃排出能(いはいしゅつのう)の改善に関する研究報告もあります。食が細い、食後にもたれる、少し食べるとお腹が張る、疲れやすいといった脾虚に水滞を伴うタイプに適するとされています。妊活の土台づくりとして、まず消化吸収の力を立て直したい方に用いられることの多い処方です。
● ②補中益気湯(ほちゅうえっきとう)
黄耆(おうぎ)、人参、白朮、当帰(とうき)、陳皮、升麻(しょうま)、柴胡(さいこ)、甘草、生姜、大棗からなる処方で、「医王湯(いおうとう)」の別名で知られます。落ち込んだ中焦(ちゅうしょう=胃腸)の気を持ち上げ、全身の元気を底上げするとされます。
慢性的な疲労感、朝起きられない、声に力が出ない、風邪をひきやすい、内臓下垂感(ないぞうかすいかん=内臓が下に落ちているように感じること)がある、といった気虚が目立つ方に適するとされています。妊活の長期戦で消耗を感じている方の体力づくりを支える処方として用いられます。
● ③当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)
当帰、芍薬(しゃくやく)、川芎(せんきゅう)、茯苓、白朮、沢瀉(たくしゃ)で構成され、婦人科領域で広く用いられる処方です。血を補い巡らせる生薬(しょうやく=漢方薬の原料になる植物や鉱物などの素材)と、脾の水分代謝を助ける生薬が組み合わされており、血虚と水滞をあわせ持つ状態に適するとされています。色白で疲れやすく、冷えとむくみがあり、月経量が少ない、下腹部が重だるい、といったタイプに向くと考えられています。妊活領域で目にする機会の多い処方ですが、体質が合わないとかえって胃にもたれることがあるため、専門家の判断が欠かせません。
● ④人参養栄湯(にんじんようえいとう)
人参、黄耆、当帰、芍薬、地黄(じおう)、白朮、茯苓、桂皮(けいひ)、遠志(おんじ)、五味子(ごみし)、陳皮、甘草の十二味(じゅうにみ=12種類の生薬)からなり、気と血の両方を手厚く補う処方です。強い疲労感に加えて、貧血傾向、皮膚の乾燥、不眠、不安感、物忘れといった心身の消耗を伴う気血両虚(きけつりょうきょ=エネルギーも栄養も不足した状態)のタイプに適するとされています。地黄を含むため胃腸が極端に弱い方ではもたれることがあり、まず六君子湯などで胃腸を整えてから移行する組み立てが取られることもあります。
● 薬膳素材

日々の食卓に取り入れやすい素材からも、脾胃を養うことができます。山薬(さんやく=自然薯や長芋)は脾・肺・腎を同時に補うとされ、すりおろしてご飯にかける、味噌汁に入れるなど手軽に使えます。
大棗(たいそう=なつめ)は脾胃を補い、血を養い、気持ちを穏やかにするとされる素材で、そのまま間食にしたり、煮出してお茶にしたりする方法が向いています。蓮子(れんし=蓮の実)は脾を丈夫にし、精(せい)をとどめるとされ、お粥やスープに加えると食べやすくなります。
生姜(しょうきょう)は胃を温めて働きを助けるとされ、加熱して用いるとより体を温める性質が強まると考えられています。はと麦(薏苡仁/よくいにん)は余分な水湿をさばく(水はけを良くする)とされ、むくみやすい方の常用茶として親しまれています。陳皮(ちんぴ=みかんの皮)は気の巡りを整えてお腹の張りをやわらげるとされ、刻んでスープや炒め物の香りづけにすると無理なく続けられます。
黒豆(くろまめ)は腎を養い血を補うとされ、煮豆や黒豆茶として妊活期の常備品にしやすい素材です。いずれも「一度に大量に」ではなく、少量を毎日続けることが大切とされています。
注意が必要な漢方薬

漢方薬は自然の生薬から成りますが、妊活中・妊娠中には慎重に扱うべきものがあります。まず大黄(だいおう)は強い瀉下(しゃげ=お通じを促すこと)作用をもち、腸への刺激が子宮の収縮を誘発する可能性が指摘されており、大黄を含む大黄甘草湯や防風通聖散などは注意が必要とされています。麝香(じゃこう)は強い活血(かっけつ=血の流れを動かすこと)・開竅(かいきょう=意識や感覚の通り道を開くこと)作用をもち、古来より妊娠中の禁忌生薬として扱われてきました。禁忌生薬とは、使ってはいけないとされる生薬のことです。
牡丹皮(ぼたんぴ)、紅花(こうか)、桃仁(とうにん)は、血の滞りを強く動かす活血化瘀(かっけつかお=滞った血を動かして、滞りを取り除くこと)の生薬です。これらを含む桂枝茯苓丸や桃核承気湯などは、妊娠が判明した時点で継続の可否を必ず確認する必要があります。
ほかに、芒硝(ぼうしょう)、附子(ぶし)、薏苡仁(よくいにん)の大量使用、甘草(かんぞう)の長期・大量使用(偽アルドステロン症のリスク)についても慎重な判断が求められます。ここでいう偽アルドステロン症(ぎアルドステロンしょう)とは、甘草のとりすぎで、むくみ・血圧上昇・体のだるさが出ることがある副作用です。
妊活期はこれらを「絶対に使わない」というより、時期と量、体質を見極めて使い分ける領域です。インターネットの情報や口コミだけで自己判断されず、必ず漢方の専門家や主治医にご相談ください。
おすすめの食品

栄養素の面からは、まず葉酸を含む食品として、ブロッコリー、ほうれん草、枝豆、アスパラガス、いちごなどが挙げられます。葉酸は熱と水に弱いため、蒸す・スープごといただくといった調理法が向いています。鉄は赤身の牛肉、レバー、かつお、まぐろなどのヘム鉄(動物性の、吸収されやすい鉄)が吸収されやすく、小松菜やひじきなどの非ヘム鉄(植物性の、吸収されにくい鉄)はビタミンCを含む野菜や果物と一緒にとることで吸収が高まるとされています。
亜鉛は牡蠣、牛肉、卵、ごまに多く、細胞分裂やホルモン産生(ホルモンをつくること)に関わる大切なミネラルです。良質なたんぱく質は卵、豆腐、納豆、白身魚から、オメガ3系脂肪酸(青魚などに多い、体に必要な油)はさば、いわし、亜麻仁油などから補うとよいでしょう。
東洋医学的な観点では、脾胃は「温かく、消化しやすいもの」を好むとされます。かぼちゃ、さつまいも、山芋、キャベツ、うるち米、鶏肉、味噌といった甘味で温性・平性(おんせい・へいせい=体を温める性質、どちらにも偏らない性質)の食材は、脾の気を補うとされる代表格です。血を養う黒ごま、黒豆、なつめ、クコの実、にんじん、レバーもおすすめできます。調理は生食や冷たいサラダに偏らせず、お粥、スープ、蒸し料理、煮込みを中心に組み立てると、胃腸への負担を抑えながら栄養を届けやすくなると考えられています。
避けた方が良い食品・飲み物
吸収の面では、コーヒーや緑茶、紅茶に含まれるタンニン(お茶やコーヒーの渋み成分)が鉄と結合し、その吸収を妨げることが知られています。鉄を意識した食事の前後30分〜1時間は、これらを避けるか薄めにするとよいでしょう。玄米や豆類に多いフィチン酸、ほうれん草のシュウ酸も、大量にとると鉄・亜鉛・カルシウムの吸収を下げるとされます。どちらも植物に含まれる成分で、ミネラルとくっついて吸収を妨げるとされています。
カフェインは1日200〜300ミリグラム程度までを目安とする考え方が一般的で、アルコールは妊活中から控えることが望ましいとされています。東洋医学的には、冷たい飲み物、アイスクリーム、生野菜サラダ、刺身などの寒涼性(かんりょうせい=体を冷やす性質)の食品のとりすぎは、脾胃の陽気(ようき=体を温める力)を損ない、運化の力を弱めると考えられています。
また、甘い菓子パンや揚げ物、脂っこい食事は湿(しつ=体にたまる余分な水分)を生み、痰湿を招きやすいとされます。極端な糖質制限や単品ダイエットも、気血の材料そのものを減らしてしまうため、妊活期には推奨されません。
日常生活での対策

胃腸を整えるうえで、実は「何を食べるか」と同じくらい「どう食べるか」が大切です。よく噛むこと(一口30回を目安)、腹八分目にとどめること、夜遅い食事を避けることは、いずれも脾胃の負担を減らす基本の養生(ようじょう=日々の体づくりの心がけ)です。朝食に温かい汁物やお粥を加えるだけでも、胃腸の目覚めが変わってきます。
運動では、ウォーキングやストレッチ、ヨガなど、息が上がりすぎない有酸素運動(呼吸を保ちながら続けられる軽い運動)を1日20〜30分ほど、週に3〜4回続けると、気血の巡りが良くなり消化機能も高まりやすいとされています。
睡眠は、東洋医学で血が肝に還る(血が肝にもどって休まる)とされる時間帯を意識し、23時までに就寝して7時間前後を確保することが理想です。ストレス管理も欠かせません。深い腹式呼吸(お腹をふくらませる深い呼吸)、湯船での入浴、意識的に妊活から離れる時間をつくることが、肝の気のめぐりを助けるとされています。ツボでは、へその指幅4本分下の関元(かんげん)、膝の下・すねの外側にある足三里(あしさんり)、内くるぶしの上・指幅4本分の三陰交(さんいんこう)が知られています。
手の親指でゆっくり押す、温灸(おんきゅう=もぐさなどでツボを温めるお灸)で温めるなどの方法がありますが、体調によっては刺激を控えた方がよい場合もあるため、気になる際はご相談ください。お腹と足首、腰まわりを冷やさない服装も、日々の大きな味方になります。
まとめ

妊活というと、卵巣や子宮といった生殖器そのものに目が向きがちですが、漢方の考え方では、そこへ栄養と温もりを届ける「土壌」こそが出発点です。脾胃は飲食物から気血をつくる後天の本であり、その力が整ってはじめて、葉酸も鉄も、そして漢方薬の力も、体の必要な場所へ届いていくと考えられています。
食後の眠気や軟便、食の細さといった小さなサインを手がかりに、まずは消化吸収の力を立て直すこと。温かく消化しやすい食事、よく噛む習慣、冷やさない工夫、そして心にゆとりをつくること。どれも地味ですが、確かな積み重ねになります。六君子湯や補中益気湯、当帰芍薬散、人参養栄湯、加味逍遙散などの処方も、その方の証(しょう=その方の体質と今の状態を漢方的に見立てたもの)に合ってこそ力を発揮します。同じ「妊活中の疲れやすさ」でも、必要な処方は一人ひとり異なります。
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