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妊娠中の頻尿・尿もれと漢方|「腎」の力を養い、夜も安心して眠れる体づくり
はじめに

妊娠が分かってしばらくすると、「トイレが近くなった」「くしゃみや咳のはずみで尿がもれてしまう」というお悩みを抱える方が増えてきます。国内外の調査では、妊娠中の女性の約5割から7割が頻尿(ひんにょう=トイレが近くなる状態)を自覚するとされています。また、妊娠後期には約3割から5割の方が尿もれ(腹圧性尿失禁・ふくあつせいにょうしっきん=お腹に力が入った瞬間にもれるタイプ)を経験するとされています。
決してめずらしいことではなく、多くの妊婦さんが通る道です。とはいえ、夜中に何度も目が覚めて眠れない、外出が不安で気が休まらない、という状態が続くと、心身の疲れは積み重なっていきます。
東洋医学では、こうした排尿のトラブルを、生命力の源である「腎(じん=成長・生殖・老化や水分の巡りをつかさどる臓)」の働きと深く関わるものと考えます。ここでは、妊娠中の頻尿・尿もれがなぜ起こるのかを西洋医学と東洋医学の両面から整理し、体をやさしく養う方法について、運龍堂の視点から解説します。
妊娠中の頻尿・尿もれが起こりやすい理由
● 西洋医学的な観点から

妊娠中の頻尿には、いくつかの生理的な変化が重なっています。第一に、子宮の増大による膀胱への圧迫です。非妊娠時に約50〜70グラム、鶏卵ほどの大きさだった子宮は、臨月には約1,000グラム、容積にして約1,000倍近くまで大きくなります。膀胱は子宮のすぐ前の下側にあるため、妊娠初期は増大した子宮に、妊娠後期は下降してきた胎児(赤ちゃん)の頭に押され、ためられる尿の量が減ってしまいます。
第二に、腎血流量の増加です。妊娠すると循環血液量は非妊娠時より約40〜50パーセント増えます。また、腎臓を流れる血液量(腎血流量)も約50〜80パーセント、糸球体濾過量(しきゅうたいろかりょう=腎臓が血液をこしとって、尿のもとをつくる量)は約50パーセント増加するとされています。つまり、腎臓が休みなくフル稼働し、作られる尿そのものが増えるのです。加えて夜間は横になることで足にたまった水分が血管内に戻り、夜間尿が増えやすくなります。
第三に、骨盤底筋群(こつばんていきんぐん=骨盤の底で子宮や膀胱を支える筋肉)のゆるみです。妊娠中はリラキシン(出産に備えて関節や筋をゆるめるホルモン)やプロゲステロン(妊娠を保つホルモン)といったホルモンの働きで、骨や筋肉を支える靱帯や筋膜がやわらかくなり、尿道を締める力が低下します。そこへ増えた体重(推奨体重増加量は概ね7〜12キログラム)が加わることで、咳・くしゃみ・笑ったときに尿がもれる腹圧性尿失禁が起こりやすくなると考えられています。
● 東洋医学(漢方)の観点から

東洋医学では、排尿は「腎(じん)」と「膀胱」が中心となって司ると考えます。腎は成長・生殖・老化をつかさどり、水分代謝(体の水分の巡り)の要でもある臓です。妊娠は、母体の腎の精(せい=腎精・生命力のもとになる大切な蓄え)を分け与えて新しい命を育てる営みですから、どうしても腎の力が消耗しやすく、この状態を「腎虚(じんきょ=生命力の蓄えが減った状態)」と呼びます。
腎虚のなかでも体を温める力が不足した「腎陽虚(じんようきょ)」になると、膀胱を引き締める力(固摂作用・こせつさよう)が弱まります。そのため、尿が近い、夜間に何度も起きる、冷えると悪化する、といった症状が現れやすくなるとされています。
次に多いのが「気虚(ききょ=エネルギー不足)」です。気(き=体を動かし、温めるエネルギー)は体を支え、内臓や水分を本来の位置に留める力を持ちます。とくに消化吸収を担う「脾(ひ=漢方でいう胃腸のはたらき)」が弱る脾虚(ひきょ)では、気を持ち上げる力(昇提作用・しょうていさよう)が低下し、尿もれや内臓の下垂感、疲れやすさ、食後の眠気などが目立ちます。
さらに、水分をさばききれずに滞る「水滞(すいたい=余分な水分が体にたまった状態)」「水毒(すいどく=水滞と同じく、水分が滞った状態を指す言い方)」の状態では、むくみを伴いながら、少量の尿を何度も出すという形になりがちです。妊娠中は複数の証(しょう=体質と今の状態の漢方的な見立て)が重なることも多く、その方の体質を見極めることが何より大切とされています。
主な症状

妊娠中の頻尿は、日中8回以上、夜間1回以上トイレに行く状態が目安とされますが、回数よりも「困っているかどうか」が大切です。ほかに、残尿感、尿意を感じてから我慢しにくい(尿意切迫感・にょういせっぱくかん)、咳・くしゃみ・階段の昇降での尿もれ、下腹部の重だるさ、足腰の冷えやだるさなどがみられます。
一方で、排尿時の痛みや灼熱感(しゃくねつかん=焼ける感じ)、血尿、濁った尿、悪臭、38度前後の発熱、背中や腰の強い痛み、尿の量が極端に減る、といった症状がある場合は注意が必要です。膀胱炎や腎盂腎炎(じんうじんえん=細菌が腎臓に届いて起こる高熱の感染症)などの感染症が疑われます。
妊娠中の尿路感染症は早産のリスクにもつながるため、自己判断で様子を見ず、必ず早めに産婦人科を受診してください。
服用可能な漢方薬・薬膳素材

以下にご紹介する処方は、妊娠中の頻尿・尿もれに対して比較的用いやすいとされているものです。ただし、妊娠中の漢方薬の服用は、必ず主治医・産婦人科医、および漢方の専門家にご相談のうえで判断してください。同じ症状でも体質(証)によって適する処方は異なります。
● ①当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)
当帰(とうき)・芍薬(しゃくやく)・川芎(せんきゅう)・茯苓(ぶくりょう)・白朮(びゃくじゅつ)・沢瀉(たくしゃ)の六味(ろくみ=6種類の生薬)から成り、「妊婦の聖薬」とも呼ばれてきた代表的な処方です。生薬(しょうやく)とは、漢方薬の原料になる植物や鉱物などの素材のことです。血(けつ=全身に栄養とうるおいを届けるもの)を補いながら余分な水分をさばく働きがあり、冷え・むくみ・貧血傾向を伴う頻尿に用いられることが多いとされています。
色白でやせ型、疲れやすく、足腰が冷えやすい方に向くタイプの処方です。妊娠中に使用されてきた歴史は長いものの、自己判断での服用は避け、専門家の指導のもとでお使いください。
● ②五苓散(ごれいさん)
沢瀉・猪苓(ちょれい)・茯苓・白朮・桂皮(けいひ)から構成される、水分代謝を整える代表処方です。体内の水分の偏りを調節する働きがあるとされ、むくみが強いのに尿の出はすっきりしない、のどが渇く、頭が重い、といった水滞タイプの方に用いられます。
利尿薬(りにょうやく=尿を出させる薬)のように水分を無理に排出するのではなく、必要な場所へ水を配分し直す発想の処方とされている点が特徴です。妊娠中に用いられることもありますが、服用の可否は必ず医師・専門家にご確認ください。
● ③補中益気湯(ほちゅうえっきとう)
黄耆・人参・白朮・甘草・当帰・陳皮(ちんぴ)・升麻(しょうま)・柴胡(さいこ)・生姜(しょうきょう)・大棗(たいそう)の10種類の生薬から成る、気を補う代表処方です。下がった気を持ち上げる働き(昇提作用)があるとされ、疲れやすい、声に力が出ない、食後に眠くなる、内臓が下がる感じがする、といった脾虚・気虚タイプの尿もれに用いられます。体力が落ちて踏ん張りがきかない、動くとすぐ息切れするという方に検討される処方です。
● ④六味丸(ろくみがん)
地黄(じおう)・山茱萸(さんしゅゆ)・山薬(さんやく)・沢瀉・茯苓・牡丹皮(ぼたんぴ)から成る、腎陰(じんいん=体をうるおし冷ます側の力)を補う基本処方です。手足がほてる、のどが渇く、夜間の頻尿、腰から下のだるさといった腎虚の症状に用いられてきました。ただし構成生薬に牡丹皮を含むため、妊娠中の使用には慎重な判断が必要とされています。産後や授乳期を含め、使用時期・使用量については必ず専門家の指示に従ってください。
● 薬膳素材

山薬(さんやく/ながいも)は、脾と腎の両方を補うとされる素材です。すりおろして味噌汁に落とす、短冊に切って和え物にするなど、加熱してやわらかくすると胃腸にやさしく取り入れられます。蓮子(れんし/はすの実)は、腎を固め、心を落ち着かせるとされ、乾燥品を一晩戻してお粥やスープに加えると食べやすくなります。
なつめ(大棗・たいそう)は気血を補い、体をやさしく温めるとされる素材で、そのまま間食にする、白湯やほうじ茶に浮かべる、煮物に加えるなど手軽に使えます。くるみ(胡桃肉・ことうにく)は腎を温め、腰や足の冷えをやわらげるとされ、1日に2〜3粒を目安に、砕いてサラダやヨーグルトに散らすとよいでしょう。
黒豆(黒大豆・くろだいず)と黒ごま(黒芝麻・こくしま)は、東洋医学でいう「黒い食材は腎を養う」という考え方の代表格です。黒豆は煮豆や炒って黒豆茶に、黒ごまはすりごまにしてご飯や和え物にふりかけると吸収がよくなります。栗(くり/栗子・りっし)も腎と脾を補うとされ、季節には炊き込みご飯にすると体が温まります。いずれも薬ではなく食材ですので、一度に大量にとるのではなく、毎日の食卓に少しずつ、長く続けることが大切とされています。
注意が必要な漢方薬

妊娠中は、母体だけでなくお腹の赤ちゃんへの影響を考える必要があるため、避けるべき生薬があります。代表的なのは、強い瀉下(しゃげ=お通じを強く促すこと)作用を持つ大黄(だいおう)と芒硝(ぼうしょう)です。腸を強く刺激し、その刺激が子宮収縮(しきゅうしゅうしゅく=子宮が縮む動き)につながる可能性が指摘されており、妊娠中は原則として避けるべきとされています。
また、血の巡りを強く動かす駆瘀血薬(くおけつやく=滞った血の流れを動かす薬)にも注意が必要です。牡丹皮(ぼたんぴ)、紅花(こうか)、桃仁(とうにん)、莪朮(がじゅつ)、三稜(さんりょう)などがこれにあたり、子宮への作用が懸念されるため慎重に扱われます。麝香(じゃこう)は強い開竅(かいきょう=意識や感覚の通り道を強く開く)作用を持ち、古来より妊娠中は禁忌(きんき=使ってはいけないこと)とされてきました。
さらに、体を強く温める附子(ぶし)・乾姜(かんきょう)や、水分を強く動かす薏苡仁(よくいにん)などは、いわゆる「慎重使用」(必要性を確かめて慎重に使う扱い)に分類され、必要性と量を専門家が個別に判断します。
甘草(かんぞう)を長期・多量に用いると、むくみや血圧上昇を招くことがあります。これは偽アルドステロン症(ぎアルドステロンしょう)と呼ばれます。そのため、複数の処方を併用する際は総量に注意が必要です。市販の漢方薬であっても、妊娠中は必ず購入前に医師・薬剤師にご相談ください。
おすすめの食品

まず心がけたいのは、体を内側から温める食事です。生姜(しょうが)を少量、スープや煮物に加える、根菜(ごぼう・にんじん・れんこん・かぼちゃ)を使った温かい料理を一品添える、といった工夫で、下半身の冷えがやわらぎ、膀胱の過敏さが落ち着きやすくなるとされています。冷たい飲み物を常温や白湯に替えるだけでも、体感はずいぶん変わります。
次に、腎を養うとされる黒い食材です。黒豆、黒ごま、黒きくらげ、ひじきなどを、日替わりで少しずつ食卓に取り入れてみてください。黒豆茶やほうじ茶はカフェインが少なく、水分補給を兼ねられる点でも妊娠中に向いています。
骨盤底を支える筋肉を保つには、たんぱく質も欠かせません。鶏むね肉、白身魚、卵、豆腐、納豆などを毎食少しずつ取り入れましょう。鉄分を補うレバーや赤身肉、あさりなども、貧血傾向の方には心強い食材です。
さらに、便秘は膀胱を圧迫して頻尿を悪化させる要因になります。海藻類、オクラ、里芋、きのこ類、発酵食品(味噌・ヨーグルト・ぬか漬け)などで腸内環境を整えると、結果的に排尿の悩みが軽くなることもあります。いずれも「これを食べれば治る」というものではなく、毎日の積み重ねで体の土台を整えていく、という視点で取り入れてください。
避けた方が良い食品・飲み物
まず控えたいのはカフェインです。コーヒー、紅茶、緑茶、玉露、エナジードリンクなどに含まれるカフェインには利尿作用があり、膀胱を刺激するとも言われています。妊娠中のカフェイン摂取量は1日200〜300ミリグラム以内(コーヒーなら1〜2杯程度)が目安とされますが、頻尿が気になる時期は、とくに夕方以降を控えると夜間の負担が軽くなります。
次に、利尿作用が強いとされるハトムギ茶やどくだみ茶などの健康茶、そしてアルコールです。アルコールは妊娠中そのものが禁忌ですが、利尿作用の面からも避ける必要があります。炭酸飲料や柑橘類のジュース、香辛料の効いた料理、酸味の強い食品は膀胱を刺激することがあるため、症状が強いときは量を減らしてみてください。
また、塩分のとりすぎはむくみと夜間頻尿を助長します。汁物は1日1杯程度に、加工食品や漬物は控えめに。ただし水分そのものを減らすのは逆効果で、脱水や膀胱炎、便秘を招きますのでご注意ください。
日常生活での対策

骨盤底筋トレーニングは、妊娠中から産後まで続けられるセルフケアとして広く勧められています。仰向けや横向き、いすに座った姿勢で、肛門と腟をキュッと締めて3〜5秒キープし、ゆっくり10秒ほど力を抜く。これを10回ほど、1日2〜3セットを目安に行います。お腹に力を入れず、息を止めないことが大切です。お腹の張りを感じたらすぐに中止し、主治医に相談してください。
水分の取り方にも工夫があります。1日およそ1.5リットルを目安に、一度にたくさんではなく、コップ1杯ずつをこまめに。夕食後から就寝までの水分はやや控えめにすると、夜間にトイレで起きる回数が減りやすくなります。就寝前に必ずトイレへ行く習慣も有効です。
冷え対策としては、腹巻き、レッグウォーマー、5本指の靴下などで下半身を保温し、38〜40度のぬるめのお湯に10〜15分ほどつかる入浴(体調がよい日に限ります)もおすすめです。
ツボでは、内くるぶしの上、指4本分のところにある三陰交(さんいんこう)、腰の高さで背骨から指2本分外側の腎兪(じんゆ)などが知られています。ただし妊娠中は強く押したりお灸(おきゅう=もぐさを燃やしてツボを温める方法)を据えたりせず、衣類の上からやさしく手のひらで温める程度にとどめ、必ず専門家に確認してから行ってください。
まとめ

妊娠中の頻尿・尿もれは、大きくなった子宮による膀胱の圧迫、腎血流量の増加、骨盤底筋のゆるみといった、妊娠に伴う自然な体の変化から起こります。東洋医学では、これを腎虚・気虚・脾虚・水滞といった体質の傾向としてとらえ、無理に症状を抑え込むのではなく、「腎」の力を養い、気と水の巡りを整えることで、体そのものを支えていくと考えます。
当帰芍薬散や五苓散、補中益気湯などが用いられることがありますが、妊娠中は避けるべき生薬もあり、必ず専門家の判断が必要です。あわせて、体を温める食事、黒い食材、こまめな水分補給、骨盤底筋トレーニング、冷え対策といった日々の養生(ようじょう=暮らしのなかで体を整えること)が、大きな助けになります。
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