妊娠中のめまい・立ちくらみ・耳鳴り|ふらつく毎日を体質から整える漢方と養生

はじめに

妊娠がわかってから、立ち上がった瞬間に目の前が白くなる、人混みでふわっと足元が頼りなくなる、耳が詰まったように感じて耳鳴りがする。そんな変化に戸惑っている方は、決して少なくありません。妊娠中の体は、赤ちゃんを育てるためにわずか数か月のあいだに大きく作り変えられていきます。血液の量も、血管の状態も、消化する力も、それまでとは別物といってよいほど変化しますから、めまいや立ちくらみといったふらつきが起こりやすくなるのは、ある意味で自然な流れでもあります。とはいえ、毎日ふらつきながら過ごすのはつらいものですし、転倒の心配もあります。漢方には、症状そのものを追いかけるだけでなく、その方の体質のかたよりを見立てて、足りないものを補い、滞っているものをめぐらせるという考え方があります。この記事では、妊娠中のめまい・立ちくらみ・耳鳴りとのつき合い方について、運龍堂の視点から解説します。



妊娠中にめまい・立ちくらみが起こりやすい理由

● 西洋医学的な観点から

妊娠すると、赤ちゃんへ酸素と栄養を届けるために、母体の循環血液量は妊娠前と比べておよそ40〜50%も増えていきます。ところが増え方には順番があり、液体成分である血漿が先に大きく増え、酸素を運ぶ赤血球の増加が追いつきません。その結果、血液が薄まったような状態になり、ヘモグロビン濃度が下がる希釈性貧血が起こりやすくなります。日本では妊婦さんのヘモグロビン値が11g/dL未満で貧血と判断されることが多く、酸素を運ぶ力が落ちると、脳が一時的な酸素不足を感じ、ふらつきや耳鳴りとしてあらわれます。



さらに、妊娠中はプロゲステロンなどの働きで血管がゆるむため、妊娠中期にあたる16〜20週ごろに血圧がもっとも低くなりやすく、収縮期血圧が妊娠前より10mmHg前後下がることもあります。妊娠後期には、あお向けで休んだときに大きくなった子宮が下大静脈を圧迫し、心臓へ戻る血液が減って血圧が下がる仰臥位低血圧症候群が起こることもあります。加えて、つわりで食事や水分が十分にとれない時期は脱水になりやすく、食事の間隔が空くと血糖が下がって、冷や汗をともなうふらつきが出ることもあります。



● 東洋医学(漢方)の観点から

漢方では、ふらつきを一つの病名としてではなく、体のなかで何が足りず、何が滞っているのかという視点で見ていきます。妊娠中にもっとも起こりやすいのが、体をうるおし養う血が不足した状態である血虚(けっきょ)です。赤ちゃんを育てるために血がさかんに使われると母体側の分が手薄になり、めまいや立ちくらみ、顔色の悪さ、髪や肌の乾燥としてあらわれます。次に、元気のもとになるエネルギーが不足した気虚(ききょ)があると、体を支える力が弱まり、朝起き上がったときや長く立っていたときにふらつきやすくなります。

また、水分のめぐりが滞る水滞(すいたい)があると、頭が重い、体がむくむ、乗り物に酔いやすいといった、ぐるぐる回るように感じるタイプのめまいが出やすくなります。そして、気持ちの張りつめや不安からエネルギーのめぐりが滞る気滞(きたい)が加わると、耳が詰まった感じや耳鳴り、ため息の多さをともないやすくなります。実際にはこれらが重なっていることも多く、どれが中心にあるのかを見立てることが、漢方を選ぶうえでの出発点になります。

主な症状

妊娠中のふらつきには、いくつかのあらわれ方があります。急に立ち上がったときに目の前が暗くなる立ちくらみ、天井や景色が回るように感じる回転性のめまい、雲の上を歩くようにふわふわする浮動感、耳が詰まる感じやキーンという耳鳴り、頭が重い感じ、吐き気、動悸や息切れ、冷や汗などです。長時間立っているとき、湯船から出たとき、空腹のとき、人混みや暑い場所にいるときに強まりやすいのも特徴です。ただし、意識が遠のく、片側の手足がしびれる、強い頭痛や見えにくさをともなう、出血や腹痛がある、といった場合は自己判断で様子を見ず、すぐにかかりつけの産婦人科や助産師にご相談ください。



服用可能な漢方薬・薬膳素材

ここでは、妊娠中のふらつきに対して用いられることのある処方をご紹介します。ただし妊娠中の漢方薬は、同じ症状でも週数や体質によって選び方が変わり、自己判断での服用は避けたい分野です。必ず医師・薬剤師・登録販売者にご相談のうえで服用してください。かかりつけの産婦人科で処方されている薬がある場合は、その内容もあわせてお伝えください。

● ①当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)

当帰、芍薬、川芎、白朮、茯苓、沢瀉の六つの生薬から成り、血を補ってめぐらせる働きと、余分な水分をさばく利水(りすい)の働きをあわせ持つ処方です。古くから妊娠中の体調を整える目的で用いられてきた歴史があり、産婦人科で用いられることもあります。顔色が青白い、手足が冷えやすい、疲れやすいといった方や、足のむくみをともなうふらつきがある方に向くとされます。もともと体力があまりない、やせ型で色白といったタイプの方が目安になります。



● ②五苓散(ごれいさん)

沢瀉、猪苓、茯苓、白朮、桂皮から成り、体のなかの水分のかたよりを整えることを得意とする代表的な処方です。飲んだ水がうまくめぐらず、頭が重い、吐き気がする、体がむくむ、乗り物に酔いやすいといったサインをともなうめまいに向くとされます。のどは渇くのに尿の量が少ない、という特徴があるときにも用いられます。体力の強い弱いにかかわらず使いやすく、比較的おだやかな処方とされますが、妊娠中は必ず専門家の判断を仰いでください。

● ③六君子湯(りっくんしとう)

人参、白朮、茯苓、甘草、陳皮、半夏に、生姜と大棗を加えた処方で、弱った胃腸の働きを助けて元気を立て直すことを得意とします。つわりが長引いて食が細くなり、そこからふらつきにつながっている方に向くとされます。食後に眠くなる、みぞおちがつかえる、少し食べただけでおなかが張る、といった状態が目安です。食べられるようになることで血をつくる材料が体に入り、結果としてめまいの起こりにくい土台づくりにつながると考えます。



● ④補中益気湯(ほちゅうえっきとう)

黄耆、人参、白朮、当帰、陳皮、大棗、柴胡、甘草、升麻、生姜から成り、おなかの消化する力を補って、下がった元気を引き上げることを目的とした処方です。朝から体がだるい、少し動くと息切れする、長く立っていられない、声に力が出ないといった気虚のサインが目立つ方に向くとされます。立ちくらみをくり返す方の体力の土台づくりに用いられることがあり、疲れやすさや食欲の落ち込みが背景にあるときに検討されます。

● ⑤香蘇散(こうそさん)

香附子、蘇葉、陳皮、甘草、生姜という、ごく穏やかな生薬だけで構成された処方です。エネルギーのめぐりをととのえ、胃にやさしいことから、気分がふさぐ、のどや胸がつかえる、においに敏感で食欲が落ちるといった気滞のサインをともなうときに向くとされます。構成がシンプルで作用がおだやかなため、体が敏感になりやすい時期にも比較的用いやすい処方として知られています。



薬膳素材

ここからは、毎日の食卓に取り入れやすい薬膳素材をご紹介します。いずれも食品として親しまれてきたもので、薬のように効かせるのではなく、ふだんの食事に少し足すという使い方が基本です。なつめ(棗)は、血を補う代表的な食材として親しまれ、やさしい甘みでお茶やスープによく合います。枸杞の実(くこのみ)は、目のかすみやふらつきが気になるときに、うるおいを補う目的でおかゆやヨーグルトに添えられてきました。龍眼肉(りゅうがんにく)も血を養うとされ、眠りが浅い方に好まれてきた素材です。みかんの皮(陳皮)は、めぐりを助け、胃のつかえや食欲の落ち込みが気になるときに、お茶や炊き込みご飯へ少量加えると香りよく仕上がります。松の実(まつのみ)は、乾燥しやすい方のうるおい補給に、和え物やスープの彩りとして使いやすい素材です。菊花(きくか)は、頭が重い、目が疲れるといったときに、香りのよいお茶として楽しまれてきました。蒸し生姜(乾姜)は体を温める目的で使われますが、刺激が強くなりすぎないよう、ごく少量にとどめてお使いください。

また運龍堂では、牡蠣肉エキスやスクアレンもお取り扱いしています。牡蠣肉エキスは亜鉛やタウリンを含む食品として、スクアレンは深海鮫の肝油に由来する食品として、日々の元気の底上げを目的に選ばれてきました。ただし妊娠中の摂取については、時期や体質によって向き不向きがありますので、必ず医師や薬剤師などの専門家にご相談のうえでお選びください。



注意が必要な漢方薬

漢方薬は自然の生薬からつくられていますが、妊娠中には慎重な扱いが必要なものもあります。代表的なのは、便を強く下す大黄(だいおう)や芒硝(ぼうしょう)で、腸への強い刺激が子宮の収縮につながる可能性が指摘されています。また、血のかたまりを強く動かすとされる桃仁(とうにん)、紅花(こうか)、牡丹皮(ぼたんぴ)、麝香(じゃこう)なども、妊娠中は避けるか慎重に用いるべき生薬とされています。体を強く温める附子(ぶし)や、心臓や神経を刺激しやすい麻黄(まおう)についても同様です。

さらに、多くの漢方処方に含まれる甘草(かんぞう)は、複数の漢方薬を重ねて飲むことで一日の摂取量が増え、むくみや血圧の上昇、手足の脱力感などがあらわれる偽アルドステロン症のきっかけになることがあります。市販の漢方薬を自己判断で足したり、複数の製品を同時に飲んだりすることは避けてください。服用を検討するときは、妊娠週数と、現在飲んでいる薬やサプリメントをすべて伝えたうえで、医師・薬剤師・登録販売者にご相談いただくことが大切です。

おすすめの食品

ふらつきの土台には、血をつくる材料が足りていないことが少なくありません。まず意識したいのが鉄です。赤身の牛肉や豚のヒレ肉、かつお、まぐろ、あさり、しじみなどに含まれるヘム鉄は吸収がよく、小松菜、ほうれん草、ひじき、大豆製品に含まれる非ヘム鉄は、ビタミンCを多く含むブロッコリーやパプリカ、いちご、柑橘類といっしょにとることで吸収が高まります。次に葉酸です。赤ちゃんの発育に関わる栄養素としてよく知られていますが、赤血球をつくるうえでも欠かせません。ブロッコリー、アスパラガス、枝豆、納豆、いちご、アボカドなどが手軽に取り入れられます。

そして、血や筋肉のもとになるたんぱく質は、卵、豆腐、納豆、鶏むね肉、白身魚、乳製品などから、毎食少しずつとるのが理想です。あわせて、ビタミンB12を含むしじみやのり、造血を助ける銅を含むごまやナッツも役立ちます。胃腸が弱っているときは、鶏肉とかぼちゃのスープ、なつめを入れたおかゆ、卵入りのうどんなど、温かくて消化のよい形にすると、必要な栄養が無理なくとりやすくなります。冷たいサラダばかりに偏らず、火を通した野菜を組み合わせるのもおすすめです。

避けた方が良い食品・飲み物

カフェインは鉄の吸収をさまたげ、とりすぎると動悸や睡眠の質の低下にもつながります。妊娠中は一日あたりコーヒー2杯程度、カフェインにして200mg前後までにとどめる目安が広く示されています。とくに食事の直前や直後のコーヒー、濃い緑茶は控えて、麦茶やほうじ茶、ルイボスティーなどに置き換えると安心です。アルコールは赤ちゃんの発育に影響することが知られていますので、妊娠中は量にかかわらず控えてください。

また、氷の入った飲み物やアイスクリームなど冷たいものは、胃腸の働きを鈍らせ、ふらつきの背景にある水分のめぐりの悪さを助長しやすくなります。生の魚介や加熱の足りない肉、生ハム、ナチュラルチーズ、生卵などは、食中毒やリステリア感染の心配があるため避けましょう。エナジードリンクや塩分の多いインスタント食品も、控えめにしておくと安心です。

日常生活での対策

まず、起き上がり方を変えるだけでも立ちくらみは減らせます。朝は目が覚めてすぐに立たず、あお向けから横向きになり、いったん座って足首を数回動かしてから、ゆっくり立ち上がってください。妊娠後期にあお向けで休むとふらつきが出る方は、左側を下にした横向きで、ひざの間にクッションをはさむ姿勢が楽になりやすいとされます。水分は一度にたくさんではなく、コップ一杯ずつをこまめに。食事も、空腹の時間が長くならないよう、一日三食に軽い間食をはさむ分食にすると、血糖の急な変動をやわらげられます。

入浴はぬるめのお湯で短めにし、湯上がりに急に立ち上がらないこと。足元は靴下やレッグウォーマーで冷やさないようにしましょう。睡眠は、夜まとめてとれない分を昼の短い休息で補ってかまいません。ツボでは、手首のしわから指三本分ひじ寄りの中央にある内関(ないかん)が吐き気やふらつきのケアに、ひざのお皿の下から指四本分下、すねの外側にある足三里(あしさんり)が胃腸の疲れに用いられてきました。強く押さず、息を吐きながら心地よい強さでゆっくり触れる程度にしてください。



まとめ

妊娠中のめまいや立ちくらみ、耳鳴りは、循環血液量の増加に赤血球が追いつかないこと、血管がゆるんで血圧が下がりやすいこと、つわりによる食事量の変化など、いくつもの要因が重なって起こります。漢方では、体をうるおす血が足りない血虚、元気が不足した気虚、水分が滞る水滞、めぐりが滞る気滞といった見立てから、その方に合った整え方を考えていきます。今回ご紹介した当帰芍薬散、五苓散、六君子湯、補中益気湯、香蘇散は、いずれも体質や妊娠週数によって向き不向きが変わりますので、必ず医師・薬剤師・登録販売者にご相談のうえでお選びください。

強いめまいや意識が遠のく感じ、出血や腹痛をともなう場合は、迷わずかかりつけの産婦人科・助産師を受診してください。運龍堂では、体質やお困りの症状をていねいにうかがったうえで、漢方と日々の養生の両面からご提案しています。ご来店が難しい方には、オンラインでのご相談も承っておりますので、どうぞお気軽にお声かけください。


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