月経前症候群 (PMS)の原因と漢方での対策について

はじめに

月経前症候群(PMS)は、月経周期に関連して発生する身体的および精神的な症状の集合体を指します。これらの症状は、月経の数日前から始まり、月経が始まるとともに症状が軽減または消失する一連の身体的および精神的症状を指します。多くの女性に影響を及ぼし、特に20代から30代の女性に多く見られます。日本では、月経のある女性の約70〜80%が何らかのPMSの症状を経験しているとされています。

月経前症候群 (PMS)の原因

月経前症候群(PMS)の原因は明確には解明されていませんが、以下の要因が関与していると考えられています。

ホルモンバランスの乱れ

月経前症候群の最も重要な要因は女性ホルモンの変動です。中でも、エストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロン(黄体ホルモン)の急激な変化が症状を引き起こすと考えられています。排卵後の黄体期において、これらのホルモンは多く分泌されますが、月経前になると急激に分泌量が低下します。このホルモンの変動が脳内の神経伝達物質、特にセロトニンやGABAの働きに影響を及ぼし、気分の不安定や抑うつ感を引き起こすことがあります。

ストレスや生活習慣

ストレスは自律神経系に影響を与え、交感神経が優位になることで身体的および精神的な症状を悪化させることがあります。特に、忙しい日常や悩み事があるときに症状が強く出ることが報告されています。また、不規則な生活リズムや不十分な睡眠も月経前症候群の症状を強める要因となります。なお、完璧主義や几帳面な性格の人は、ストレスを感じやすく、月経前症候群の症状が出やすい傾向があります。

食生活

カフェインやアルコールの摂取は症状を悪化させる可能性があり、逆にカルシウムやマグネシウムを積極的に摂取することで改善が期待できるとされています。カフェインの過剰摂取は自律神経やホルモンバランスに悪影響を及ぼし、月経前症候群(PMS)の症状を悪化させる可能性があります。アルコールの過剰摂取は、肝臓でのホルモン代謝を妨げ、エストロゲンやプロゲステロンのバランスを乱す可能性があります。またカルシウムやマグネシウムは神経伝達や筋肉の収縮に重要な役割を果たしています。これらが不足すると気分の不安定さが増し、PMSの症状が悪化する可能性があります。

漢方薬による対策

抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)

抑肝散加陳皮半夏は、月経前に見られる情緒不安定やイライラ感に対して有効です。 また痛みやむくみなどの身体的な不快感も改善されることが多いです。例えば、月経前症候群による頭痛や腹痛などが軽減されることが確認されています。 

  • 釣藤鈎(ちょうとうこう):神経の高ぶりを鎮め、イライラを和らげます。
  • 当帰(とうき):血を補い、ホルモンバランスを整えます。
  • 川芎(せんきゅう):血行を促進し、冷え性を改善します。
  • 茯苓(ぶくりょう):水分代謝を整え、むくみを解消します。
  • 白朮(びゃくじゅつ):消化機能を高め、体力を補います。
  • 陳皮(ちんぴ):胃腸の働きを整え、消化不良を改善します。
  • 半夏(はんげ):痰を除き、吐き気を抑えます。
  • 甘草(かんぞう):筋肉の緊張を緩和し、痛みを和らげます。

五苓散(ごれいさん)

むくみやめまい、頭痛などの水分代謝の異常がある方に適しています。体内の余分な水分を排出し、バランスを整える効果があります。月経前症候群の症状の一因として、体内の水分が滞ることが挙げられます。五苓散は、水滞(体内の水分の停滞)を改善し、むくみを軽減することで、月経前症候群の症状を緩和します。

  • 茯苓(ぶくりょう):水分代謝を促進し、むくみを改善します。
  • 白朮(びゃくじゅつ):消化機能を高め、他の生薬の働きを促します。
  • 沢瀉(たくしゃ):利尿作用により、余分な水分を排出します。
  • 猪苓(ちょれい):利尿作用を持ち、水分バランスを整えます。
  • 桂枝(けいし):皮膚の表面の血流を促し、皮膚からの排水を促します。

桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)

桂枝茯苓丸は、瘀血(おけつ)を改善することで、月経不順や月経痛、更年期障害などの症状に効果があります。瘀血とは、血液の流れが滞っている状態を指し、これが原因で生理不順が生じることがあります。桂枝茯苓丸は、血行を促進し、瘀血を解消することで、生理不順の改善に寄与します。

  • 桂枝(けいし):体温を上昇させ、血行を促進します。
  • 芍薬(しゃくやく):筋肉の緊張を和らげる作用があります。
  • 茯苓(ぶくりょう):水分代謝を整えます。
  • 牡丹皮(ぼたんぴ)と桃仁(とうにん):血液の流れを良くし、「瘀血」を解消します。

四物湯(しもつとう)

四物湯は、血液の質と量を改善し、全身の血行を良くすることで、ホルモンバランスの乱れを整えます。これにより、月経周期の正常化や生理痛の軽減が期待できます。また、体を温める効果もあるため、冷え性が原因で生じる生理不順の改善にも有効です。

  • 当帰(とうき): 血液の循環を促進し、鎮痛効果があります。
  • 川芎(せんきゅう): 血行を良くし、痛みを和らげる作用があります。生理不順や月経異常に関連する痛みを軽減します。
  • 芍薬(しゃくやく): 筋肉の緊張を緩和し、血流を改善します。これにより、生理痛を和らげる効果があります。
  • 地黄(じおう): 血液を補い、体内の水分バランスを整える作用があります。

生薬による改善方法

月経前症候群の改善にさまざまな生薬が用いられています。特に注目されるのが羚羊角(れいようかく)と麝香(じゃこう)です。

羚羊角(れいようかく)

羚羊角は、ウシ科のサイガレイヨウの角です。体の「熱」を冷まし、精神を落ち着かせる作用を持ち、中医学で熱や興奮が原因の症状に広く用いられています。

羚羊角には以下のような効能があります:

  • 鎮静作用:神経の興奮を抑える働きがあり、月経前症候群で頻繁に見られるイライラや情緒不安定の緩和に有効です。
  • 精神安定:中医学では、羚羊角が肝の熱を冷ますことで、情緒を安定させるとされています。ストレスや不安感を抑える効果が期待されます。
  • 血行改善:月経前症候群に関連する頭痛や体のだるさは、血流の滞りによる場合があります。羚羊角は血液循環を促進し、これらの症状を改善します。
  • 抗炎症作用:身体の炎症を鎮める効果があり、月経前症候群によるむくみや不快感を軽減します。
  • ホルモンバランスの調整:ホルモンバランスの乱れによる情緒不安定や体調不良に対し、羚羊角が自律神経や内分泌系に作用し、緩和を促します。

麝香(じゃこう)

麝香は、シカ科ジャコウジカの分泌物から作られる非常に貴重な生薬で、強力な自律神経調整作用を持つとされています。月経前症候群(PMS)の症状を改善する理由は、その多面的な効能に基づいています。

  • 強心作用:血行を良くする作用により、月経前症候群に伴う体のだるさや頭痛、むくみを改善します。血液循環が良くなることで、全身のエネルギーの流れ(気血の流れ)も整います。
  • 鎮静作用:神経の過剰な興奮を抑える働きがあり、月経前症候群に伴うイライラや不安感、緊張感を和らげます。
  • 自律神経調整:自律神経のバランスを整える効果が非常に高く、ストレスやホルモンバランスの乱れによる月経前症候群の症状(イライラ、不安感、気分の落ち込み)を和らげます。
  • ホルモンバランスの調整:エストロゲンとプロゲステロンのバランスを調整し、特に高温期に見られる体温の乱れを安定させます。

生活習慣改善と漢方薬を併用することが重要

漢方薬や生薬だけでなく、日常生活で以下の点にも注意することが大切です。

食生活の改善

栄養素の不足や不均衡な食事はPMSの症状を悪化させることがあります。特にカルシウム、マグネシウム、ビタミンB群、ビタミンDの摂取を心がけ、バランスの取れた食事を心掛けましょう。緑黄色野菜、魚介類、肉類、大豆製品、乳製品、果物を積極的に摂取することが推奨されます

運動

有酸素運動(ウォーキングやジョギング、水泳など)は血行を促進し、ストレスを軽減する効果があります。特に日光を浴びながら行う運動は、ビタミンDの合成にも寄与し、心身の健康を保つ助けになります。 

睡眠の質の向上

規則正しい生活リズムを保ち、毎日同じ時間に就寝・起床することで体内時計を整えます。良質な睡眠はストレス管理にも寄与し、自律神経のバランスを保つために不可欠です。

禁煙と適度な飲酒

タバコは血行を悪化させるだけでなく、ホルモンバランスに悪影響を与えるため、禁煙が推奨されます。過剰な飲酒は月経前症候群の症状を悪化させる可能性があるため、適量を心がけます。また、高塩分食や糖質過多な食事もむくみやイライラを引き起こす要因となるため注意が必要です。

まとめ

月経前症候群(PMS)は、は多くの女性が抱える悩みですが、漢方薬や生薬を活用することで改善が期待できます。適切な漢方薬の選択は、専門の知識が必要となるため、漢方の専門家に相談することをお勧めします。また生活習慣も重要な要素です。適切な対応で、月経前症候群の症状を緩和させていきましょう。

文責:杜の都の漢方薬局 運龍堂